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2023/11/14

ニューロダイバーシティの歴史。40年間で変わったこと、変わっていないこと【コラム】

このたび、ニューロダイバーシティについてのコラムを担当する、長谷川祐子と申します。 このコラムでは、私自身が幼少期から学生時代を経て社会人になり、企業における障がい者の雇用問題の当事者になり、それを元にライターとして記事を書くようになるなど、発達障がいと社会のつながりについて感じてきたことをつづっていきます。どうぞよろしくお願いします。

ダイバーシティという言葉もない時代から(1980年〜1990年代)

今回はニューロダイバーシティの歴史をまとめてみます。そして、私が生きてきた40年間で、変わったこと、変わっていないことも書いてみます。

1980~90年代はダイバーシティという言葉もない時代。女性が男性同等に活躍できる職場もごく一部でした。1985年に男女雇用機会均等法が制定、1992年に日本初のセクシャルハラスメント訴訟の労働側勝訴判決が出ました。

アメリカでは1990年代にインターネットが普及し、自閉症の当事者が権利擁護運動を始めていました。日本でも1960年代から自閉症児の親の会が各地で立ち上げられて活動していました。日本ではインターネットは1995年以降に普及しましたが、発達障がいの認知はまだ先で、当事者がインターネットでつながる動きはアメリカより遅れて始まりました。

1990年代までは障がいといえば身体障がいや知的障がいがイメージされていました。私は「ちょっと変わった子」と言われてはいましたが、自分の特徴を「障がい」と捉えることはなく、特殊教育で学ぶことは考えることもありませんでした。しかし、年齢が上がるにつれて人間関係で困ることを自覚するようになりました。

その後、私は大学生になり、2002年に「知的に遅れの無い発達障がい」と診断されました。当時としては画期的な概念でした。それまでは「本人の努力不足」や「親のしつけが悪い」と信じられて疑われなかったことが「脳機能の違いからくる精神発達の障がい」と認識されるようになったのです。厚生労働省により発達障がいは精神障がいのカテゴリーに位置づけられました。2004年12月に発達障害者支援法が制定され、2005年4月から施行されました。これ以降、発達障がいの認知は進んでいきます。

発達障がいの認知が進む(2000年代初頭)

健常者の新卒女子の雇用も進んでいなかった時代、障がい者の法定雇用率があっても、「納付金を払った方が得」という思い込みからか大企業でも雇用率未達成企業が多くありました。また身体障がいや知的障がいに比べ、精神障がいへの理解は遅れていました。精神障がい者が障害者手帳を取得して企業に連絡しても「精神障がい者は雇えない」と門前払いされました。そのため私も含め、精神・発達障がい者は障がいをクローズで働かざるを得ないことがありました。

私は「障がい者? 健常者?」と、自分はどちらなのか、双方を行き来することが今でも続いています。発達障がいは、環境次第では「障がい」ではなくなります。私の40年間の発達を見てきても「障がいが治っている」と実感することもあります。自分を「障がい者」と思わなくてよくなる日が来るかもしれません。でもどちらにしても、私は「発達障がいの人が活躍できる社会に向けてメッセージを発したい」という思いを心から持つようになりました。

より認知が進み、環境が整う時代へ(2010年代〜)

2017年時点で、日本の知的障がい者は約108万2000人、精神障がい者は約392万4000人(内閣府および厚生労働省による発表)と言われています。日本全体の人口は2011年から減少に転じているなか、障がいのある人の数と割合は増えています。知的障がい者については以前に比べて障がいに対する認知が高くなり手帳取得者が増えたこと、精神障がい(発達障がい含む)者については職場環境の急激な変化に伴いメンタルに支障をきたすケースが増えたことに加え以前に比べて障がいに対する認知度が高くなり手帳取得者が増えたことが、増加の要因と言われます。それぞれの障がい者のうち65歳以上の割合を見ると、知的障がい者は16%、精神障がい者は38%となっています。

私が40年生きてきて、発達障がいを取り巻く状況は大きく変わったと実感します。インターネットの発展で、情報を取得したり、人と人とがつながったりするのは容易になり、それで救われる人は増えました。2005年に発達障害者支援法が施行されてから、発達障がいに関する社会資源は各段に増えました。法制度の整備により、今では発達障がいと診断された人のほとんどが障害者手帳を取得することができます。

変わっていないと感じること

一方で、変わっていないこともあります。発達障がいの当事者の生きづらさの総量はまだまだ減っていません。その根本として、日本社会では「障がい者と健常者の共生はきれいごと」「一人前に扱われたければ健常者に近づくこと」とする価値観が今なお根強いのではないでしょうか。私は2016年、神奈川県相模原市の障がい者施設で、19人もの人が殺された事件があったことを忘れていません。実行犯は元施設職員で、「障がい者は安楽死させるべき」という主張や過激な差別的発言を繰り返してきました。その時にインターネットで「被告に共感する」と表明した人々が少なくない数現れました。2018年には、民間企業より率先して取り組んできたはずだった官庁で、40年間にわたり何千人規模での障がい者雇用水増しが発覚し、官庁が採用に重い腰を上げました。

最後に(年表)

【ニューロダイバーシティをめぐる年表】

1943年

アメリカの児童精神科医レオ・カナーが「早期乳幼児自閉症」と名付けた論文を発表、「自閉症(Autism)」が世界に認知

1944年

オーストラリアの小児科医ハンス・アスペルガーが「アスペルガー症候群(Asperger Syndrome)」についての最初の論文を発表、知的障がいがない自閉症の存在が知られる

1980年

知的障害児施設の種類として新たに医療型自閉症児施設および福祉型自閉症児施設を位置づけ

1986年

テンプル・グランディン著「我、自閉症に生まれて」初版(日本では1994年に邦訳)

1990年

アメリカでADA(障がいを持つアメリカ人法)成立、国連障害者権利条約や各国の障がい者法制に影響(2008年に改正)

旧文部省「通常学級に関する調査研究協力者会議」において学習障害について初めて公的な検討

1992年

ドナ・ウィリアムズ著「自閉症だったわたしへ」初版(日本では1993年に邦訳)

1993年

強度行動障害者特別処遇事業の創設(実施主体は都道府県等)

1995年

Windows95発売、インターネットが日本で普及

1997年

旧文部省、「学習障害児等に対する指導について(最終報告)」を発表

2002年

自閉症・発達障害者支援センター運営事業の開始

2003年

内閣府への法定雇用率未達成企業の情報公開審査請求が提起され、未達成企業が情報公開制度の開示対象となる答申

2004年

デンマークで自閉症のあるソフトウェアテスターの雇用機会を促進する企業スペシャリステルネが設立

2005年

発達障害者支援法施行(2016年に改正)

医療観察法施行

2006年

障害者自立支援法施行

障がい者の就労移行支援事業の開始

学校教育法改正で養護学校が特別支援学校に一本化、特別支援教育の推進がうたわれるも、原則分離の教育形態に変更なし

日本語版Twitterのサービス開始

2007年

日本政府が国連障害者権利条約に署名し、国内の法整備が始まる

日本語版Youtubeのサービス開始

東田直樹著「自閉症の僕が跳びはねる理由~会話のできない中学生がつづる内なる心~」初版

2008年

日本語版Facebookのサービス開始

日本でスマートフォン販売開始

スペシャリステルネ社のノウハウを元に世界的に発達障がいの人の雇用促進を目指すスペシャリステルネ財団が設立される

2009年

世界自閉症啓発デー普及啓発事業開始

発達障がいに特化した就労支援会社Kaien(本社・東京都新宿区)設立

2010年

発達障がいが障害者に含まれるものであることを障害者自立支援法、児童福祉法において明確化

TEDトークでテンプル・グランディンが講演「世界はあらゆる頭脳を必要としている」

2011年

障害者基本法、障害者虐待防止法、精神障害者保健福祉手帳および障害基礎年金の認定基準において発達障がいが位置付けられる

東京・西早稲田に発達障がいの人が交流できるNeccoカフェが開業

独SAPが自閉症のあるソフトウェア開発者などのインターンシップ雇用プログラムを開始

2012年

世界自閉症啓発デーでの東京タワーライトアップ開始

大阪地裁が発達障がいの被告人の殺人事件に求刑超え判決、「差別や偏見を助長する判決」との批判が相次ぐ(2013年に控訴審で求刑を下回る判決)

2013年

障害者雇用促進法改正で、法定雇用率が2%に引き上げられ、発達障がいが位置付けられる

アメリカ精神医学会(APA)の診断基準DSM-5の発表以降、アスペルガー症候群が従来の自閉症も含めて自閉スペクトラム症(ASD)として統一

2014年

米HPEが自閉症のあるソフトウェア技術者の雇用プログラムを開始

2015年

東京地裁が日本電気(NEC)で新卒技術系総合職として働いていたアスペルガー症候群の社員の休職後の復職を認めないとする判決(控訴審で和解)

米マイクロソフト、米JPモルガンが自閉症のある技術者の雇用プログラムを開始

2016年

障害者差別解消法が制定・施行

神奈川県相模原で障がい者施設殺傷事件、19人死亡(2020年横浜地裁で死刑判決)

京都地裁がアスペルガー症候群のある准教授を解雇した公立大学に対し、准教授への改善機会が不十分だったとして解雇無効の判決

発達障がいのIT人材に特化した就労支援会社Gifted Works(本社:東京都新宿区)設立

2017年

米IBMが自閉症のある技術者の雇用プログラムを開始

ハーバードビジネスレビュー11月号で、論文「ニューロダイバーシティ:『脳の多様性』が競争力を生む」が発表される

2018年

法定雇用率が2.2%に引き上げられ、精神障がい者の雇用が義務化され、雇用率算定基準に加えられる

新幹線3人殺傷事件(2019年横浜地裁で無期懲役判決)、毎日新聞の「容疑者は自閉症?」報道に「自閉症を犯罪と結びつける偏見」との批判が相次ぎ、報道被害を防ぐ取り組みが本格化

官庁の障害者雇用水増し問題が発覚、障害者の公務職場での大量採用が行われる

スーパー・いなげやで働いていた知的障がい者へのパワハラをめぐる訴訟で、職場環境改善を求める和解

2019年

世界経済フォーラム・ダボス会議でグローバル企業500社による障害者運動「The Valuable 500」が発足

札幌地裁がうつ病悪化後に自殺した社員に対する上司の「障害者雇用率達成のため」とする発言を「注意義務違反」と認定する判決

パーソルグループ傘下のAI特化型就労移行支援事業所「Neuro Dive」第一号が東京・秋葉原に開所

2020年

新型コロナウイルス感染拡大、雇用不安、リモートワーク化が進行

高松高裁が介護職の公共職業訓練で発達障がいを理由とする不合格処分を違法とし、高知県に賠償を命じる判決

2021年

法定雇用率が2.3%に引き上げられる

野村総合研究所がレポート「デジタル社会における発達障害人材の更なる活躍機会とその経済的インパクト」を発表

経済産業省によるニューロダイバーシティ推進事業が始まる

米系IT・セールスフォース日本法人で障害者雇用枠で働いていた発達障がいの元社員が雇い止め無効と合理的配慮違反認定を求め東京地裁に提訴(2023年に和解)

大阪・北新地心療内科クリニック放火殺人事件、被疑者・院長・患者合わせて27人が死亡

2022年

大手機器オムロンの異能人財採用プロジェクトで初の採用

日本橋ニューロダイバーシティプロジェクトが発足

ニューロダイバーシティサミットJAPAN第1回開催

2023年

共同通信「障害者雇用代行ビジネス」報道後にエスプール株が一時ストップ安

玩具メーカー総合職として働いていた発達障がいの元社員が合理的配慮違反と広島地裁に提訴

岐阜県内の特例子会社で働いていた高次脳機能障がいのある人への合理的配慮違反をめぐる訴訟で、職場環境改善を求める和解

法定雇用率が2024年から2.5%、2026年から2.7%に引き上げが決定