コラム
ニューロダイバーシティと社会モデル【コラム】
このたび、ニューロダイバーシティについてのコラムを担当する、長谷川祐子と申します。 このコラムでは、私自身が幼少期から学生時代を経て社会人になり、企業における障がい者の雇用問題の当事者になり、それを元にライターとして記事を書くようになるなど、発達障がいと社会のつながりについて感じてきたことをつづっていきます。どうぞよろしくお願いいたします。
発達障がいへの合理的配慮
今回は「ニューロダイバーシティと社会モデル」、発達障がいへの合理的配慮をどのように考えていくかについて書いていきます。
私はニューロダイバーシティ(脳や神経の多様性)を説明する時に必ず「障がいの社会モデル」に触れるようにしています。
障がいは、心身機能の障がいのある個人にあるのではなく、個人の心身機能の障がいと社会的バリアの相互作用から起きるものであり、社会的バリアを取り除いていこうとするのが「障がいの社会モデル」です。
これに対して、社会的バリアを取り除くことなく個人が従来の環境に合わせていくことは、「障がいの個人モデル」です。
令和6年4月から改正障害者差別解消法が施行されることになり、事業者による障がいのある人への合理的配慮の提供が義務化されました。
社会的バリアの排除と建設的対話
さて、障がいでも、身体障がいはおおむね見た目で困りごとが分かりやすいといわれます。一方で、発達障がいは見た目では分かりません。「どこまでが障がいで、どこからが性格なのか」「どこまで配慮すべきなのか」と疑問が出されることもあります。では、発達障がいへの社会的バリアを取り除いたり、合理的配慮のための建設的対話をしたりすることはできないのでしょうか。
以下、習い事教室での聴覚過敏を抱える発達障がいの子どもへの合理的配慮をめぐる建設的対話の具体例が、内閣府のリーフレットに示されています。
障害のある人の保護者(発達障害):「うちのこどもは特定の音に対する聴覚過敏があり、飛行機の音が聞こえると興奮して習い事に集中できなくなってしまうので、飛行機の音が聞こえないように、教室の窓を防音窓にしてもらうことはできますか?」
事業者(習い事教室)心の声:防音窓の設置は、工事も必要だし、すぐに対応することは難しいな。障害のあるお子さんが習い事に集中できるよう、他に、飛行機の音を聞こえなくするような工夫はあるだろうか?
事業者(習い事教室):「防音窓をすぐに設置することは難しいので、お子さんが習い事に集中できるよう、一緒に他の方法を考えましょう。お子さんは、普段、飛行機の音が聞こえないように、どのような対応をしているのですか?」
障害のある人の保護者(発達障害):「家ではイヤーマフを着用することがあるのですが、習い事では音声教材等を利用することもあるので着用させていませんでした。着用の際には声掛けや手伝いが必要なので、習い事でイヤーマフを使うと先生にご迷惑ではないでしょうか。」
事業者(習い事教室):「飛行機が通過する時間帯は大体決まっているので、その際には、先生がイヤーマフの着用の声掛けやお手伝いをします。また、音声教材の使用タイミングについても配慮を行うことができます。」
障害のある人の保護者(発達障害):「わかりました。こどもにイヤーマフを持っていかせ、先生がお手伝いしてくれるからね、と言っておきます。」
このケースにおける建設的対話のポイントとして、「合理的配慮は、障がいのある人にとっての社会的なバリアを除去することが目的なので、ある方法について実施することが困難な場合であっても、別の方法で社会的なバリアを取り除くことができないか、実現可能な対応案を障がいのある人と事業者等が一緒になって考えていくことが重要」と述べられています。
保護者は、子どもが聴覚過敏を軽減するためにイヤーマフを使っていることを挙げていました。習い事教室の担当者はこの点に理解を示しています。このように、普段本人が行っている対策や、事業者が今ある設備で活用できそうなものなど、情報を共有し、双方がお互いの状況の理解に努め、柔軟に対応策を検討することが重要です。 残念ながら、発達障がいや障がい者雇用・インクルーシブ教育が誤解されることで、当事者のバックグラウンドやアイデンティティが軽視されたりしている現実があります。発達障がいや障がい者雇用・インクルーシブ教育に対する誤解は、結果としてその特性のある人と共に生きる意識を逆行させ、不要な軋轢や分断につながりかねません。
社会的バリアを取り除くための合理的配慮
例えば、社会的バリアを取り除くための合理的配慮は「ずるい」「甘やかし」という考えが、今なお根強くあります。例えば、ディスレクシア(読み書き障がい)ゆえに全く授業についていけなかった子どもがタブレットを活用して学習効果が上がった事例が報告されている一方で、学校で使おうとしても「特別扱いはできない」「他の子に対して不公平になる」といった理由で認められない、という話も聞きます。
発達障がいのある子ども向けの教育を担う放課後等デイサービス「ティーンズ」のサイトでは、このような解釈のズレが生じる理由のひとつに、「合理的配慮を行うことで『結果が左右される』 = 『有利な状態になる』という誤解が生じていること」が挙げられています。「適切な合理的配慮により結果に変化はありますが、有利な状態になる、ということはありません。合理的配慮とは、同じ土俵でチャレンジするためのサポートの形であり、えこひいきをしたりルールを変えることが趣旨ではありません」と述べられています。
当事者と周囲の人が丁寧に対話することで、誤解をなくし、正しい情報を持つことにつながります。
当事者の抱える課題
発達障がいの当事者には、人知れぬところで相対的に弱い立場に置かれ、何かあった時には「自分さえ我慢すれば丸く収まる」と不要な自己犠牲を教えられて生きてきた人が多くいます。なかには社会的・経済的・心理的に置かれている境遇が非常に苦しく、相当の理解を要する人もいます。
一方で、それを知らない人には、「何でもかんでも配慮しなければならないのか」と不要な負担感を持ち、やがては当事者との関わりを避けてしまっていることが多くありました。
発達障がいに関する情報を集める際には、当事者である人やその分野の信頼できる情報源・専門家からの情報提供を積極的に取り入れることが大事です。雇用や教育に関わる人には、常に自分のやり方は正しいのか、力のある側(多数派)視点に偏っていないか、当事者にぜひ聞いてください。
それによって、立場の弱い人のバックグラウンドやアイデンティティも正確に反映し、差別やハラスメント、極端な成果主義を説く雇用・教育とは異なる形の雇用・教育ができるようになるのではないでしょうか。
合理的配慮を求める
発達障がいの人が合理的配慮を求める際に、力のある側(多数派)にありがちなのが、以下のような考え方です。内閣府のリーフレットでも「これらの考え方は避けるべき」とされています。
■「前例がありません」と言って、考えることを放棄してしまうこと。合理的配慮の提供は個別の状況に応じて柔軟に検討する必要があります。前例がないことは断る理由になりません。
■「特別扱いできません」と言って、対応を断ること。先述したように、合理的配慮は障がいのある人もない人も同じようにできる状況を整えることが目的であり、「特別扱い」ではありません。
■「もし何かあったら…」と言って、漠然としたリスクを持ち出して遠回しに遠慮を求めること。それだけでは断る理由になりません。どのようなリスクが生じ、そのリスク低減のためにどのような対応ができるのか、具体的に検討する必要があります。
■「○○障がいのある人は…」と言って、型にはめて考えること。同じ障がいでも程度などによって適切な配慮が異なりますので、ひとくくりにせず個別に検討する必要があります。
歴史的に、障がい者の権利擁護運動は、「私たちのことを私たちぬきで決めないで」を合言葉に展開されてきました。発達障がいの人の権利擁護でもこの考え方を忘れずにいたいです。
ニューロダイバーシティが、発達障がいのある人にとっての社会的バリアを取り除いていこうとする社会モデルに沿った考えで進められることを願っています。