コラム
私が見てきたニューロダイバーシティの最前線【コラム】
このたび、ニューロダイバーシティについてのコラムを担当する、長谷川祐子と申します。 このコラムでは、私自身が幼少期から学生時代を経て社会人になり、企業における障がい者の雇用問題の当事者になり、それを元にライターとして記事を書くようになるなど、発達障がいと社会のつながりについて感じてきたことをつづっていきます。どうぞよろしくお願いいたします。
海外の事例で見るニューロダイバーシティ
私は、「発達障がいの人が働くことに前向きになれる記事を書いていきたい」「企業が発達障がいの人の雇用に前向きになれる記事を多く書いていきたい」と思うようになりました。そのためにも、働く当事者、雇用に前向きな企業、支援機関とつながったりして、情報を集めてきました。
そうしたなか、2019年頃から、海外でニューロダイバーシティが盛り上がり始めているのを知りました。アメリカの権威ある経営学雑誌『ハーバードビジネスレビュー』2017年11月号で発表された論文「ニューロダイバーシティ:『脳の多様性』が競争力を生む」を読んで、高揚感を持ちました。
この論文では、マイクロソフト、HPE、SAPなど、アメリカの有名テクノロジー企業が進めてきた、自閉症など発達障がいがありながら高い技術力を持った人を活用するニューロダイバーシティプログラムが紹介されていました。企業がこうしたプログラムから得た恩恵は驚くほど多岐にわたり、なかでも人材難の技能分野で素晴らしい人材を発掘できていました。例えば、HPEはオーストラリア福祉省に30人以上のソフトウェアテスターを派遣しましたが、ニューロダイバースな人材で構成するテスターチームの生産性が、他のチームよりも30%高いことを示しました。またSAPでは、技術的なソリューション開発により推定4000万ドルのコスト削減効果が生じました。具体的なデータで示されれば説得力があります。企業はニューロダイバースな人材の活用を、従来の人材募集、採用、育成方法とは異なる手法で実践していました。自閉症者が苦手とすることが多い面接を柱とせず、数週間にわたって実技を問うプログラムを通して採用する、一緒に働く他の従業員やマネージャーにも手厚い研修を課すなどでした。
コロナ禍におけるニューロダイバーシティ人材の活用
私は2019年11月、ニューロダイバーシティについてインターネットでリサーチしてまとめた記事を、ミレニアル世代のビジネスパーソンが多く閲覧するウェブメディアに寄稿しました。そのなかで、シリコンバレーのエンジニアに自閉傾向を持つ人材がいることが注目されるようになったこと、自閉症的な傾向があると言われてきたビル・ゲイツ氏が創業したマイクロソフトがニューロダイバーシティの先陣を切ったことなどを挙げました。「アメリカ発のニューロダイバーシティプログラムは外部の自閉症に詳しい専門家の助言を聞いて作られたが、日本の場合も障がい者のプロである就労定着支援事業と企業の連携があれば進む」と私は考え、「ニューロダイバーシティは日本でも実演可能」と力強く伝えました。この記事は大きな反響を呼び、大手企業の関係者にも届きました。以下、その引用抜粋です。
“日本はAIやデータサイエンスの人材不足がアメリカ以上に深刻で、政府も企業も危機感を持っている。
障害者の法定雇用率を達成している企業は45.9%にとどまり、特に情報・通信業になるとその割合は25.4%にまで下がる(厚労省による平成30年の障害者雇用状況の集計結果)。2020年度末には法定雇用率の2.2%から2.3%へ引き上げが決まっている。発達障害者の雇用は待ったなしの状況だ。
障害者枠は一般枠と比べて給与水準が低く、仕事内容がいつまでも補助的なものが目立つ。こうした就労は意欲の高い障害者にとってはモチベーション維持が難しい。外注化や事務職の自動化(AI、RPA)により、障害者への業務切り出しは限界にきている。ニューロダイバーシティはそうした現状を打開していく可能性がある。“
この記事が出てから間もなくして、世界中でコロナがまん延し、企業の雇用にも深刻な打撃となりました。ですが2021年には世界自閉症啓発デー(4月2日)に合わせて、野村総合研究所が「デジタル社会における発達障害人材の更なる活躍機会とその経済的インパクト」というレポートを発表しました。コロナ禍においてもニューロダイバーシティ人材活用に向けての研究が進められていたのは心強かったです。
日本での取り組み事例
そのレポートで、日本のゲームデバッグ会社が、発達障がいがありながらひきこもりだった人を採用してハイパフォーマンス集団に育て上げたエピソードが紹介されていました。元ひきこもりゲーマーは、倒れるまでゲームにのめり込む並外れた集中力、目標達成への執念、強い正義感を持つ人材でしたが、適切な訓練と支援による育成で、通常では発見できないバグやセキュリティホールが発見できる特異能力をもったスペシャリストになっていました。この会社がマイクロソフトより家庭用ゲーム機Xbox360のデバッグを受注し、元ひきこもりゲーマーとマイクロソフトのエンジニアの間でバグの発見対決をしたら、結果は同社が圧勝。これにはビル・ゲイツ氏も驚き、マイクロソフト本社で対面が実現しました。
IT分野で進む、「日本版ニューロダイバーシティプログラム」
経済産業省が令和3年度(2021年度)からニューロダイバーシティ推進事業を始めましたが、経産省がまとめた調査には野村総合研究所のレポートが引用されていました。
そして2022年12月、ハーバードビジネスレビューの論文を読んで以来ずっと抱いてきた「日本版ニューロダイバーシティプログラムの始まりや、そこで採用された人が働く光景を目にしたい」という思いが実現。私は経済週刊誌の発達障害と仕事に関する特集で執筆することになり、ひとつの大手機器メーカーで始まったばかりの、発達障がいがありながらAI分野に長けた人を活用するプロジェクトの取材に行きました。そこで働いていたのは、大学院で先端情報学を専攻し、大学院生としてトップレベルのプログラミング技術があった20代男性。口頭でのコミュニケーションが不得手で、聴覚過敏がありましたが、この会社の3週間の就労体験を経て採用され、いまでは工場の自動化を進める制御機器のAI開発を社員として担っていました。彼は、アナログ的な質問には答えにくいですが、技術的な会話には何不自由なく対応でき、飲み込みが早く、仕事は想像をはるかに超えて早く品質も高い、と会社から評価されていました。言語化に時間はかかりながらも、ミーティングに参加し、プレゼン資料を作って説明し、自分で仲間を作り、何かをやっていこうとする道を考えているということでした。その会社では障がい者の雇用は長年行われてきましたが、発達障がいの人の雇用はまだ始まったばかり。発達障がい専門の就労移行支援事業所と連携して、人材募集・採用・育成を行っていました。彼がどう発展していくか、プロジェクトがどう発展していくか、楽しみです。
私は、こうしたIT分野で働くことを目指す人で、発達障がいに限らず障がいのある人を対象とした訓練施設を取材したこともありました。私が取材し、企業への就職実績を出していたひとつの訓練施設では、オンライン学習プラットフォームUdemyを無料で受講でき、通所する利用者が個別の学習計画を立てて自分のペースで学習を進めていました。技術指導を担う支援員は、「利用者にはただ技術を学ぶだけでなく、学んだ技術を使ってその企業が抱える課題を解決する姿勢を身に付け、ビジネスを動かせるようになってほしい」と述べました。センター長は、「障がい者は時間に配慮すれば活躍できる。障がい者にも企業に貢献できる価値のある仕事ができることを、企業にもアプローチして伝えていきたい」と述べました。これまでの就労支援の多くにあったような「せめて単純作業にでも就かせられるように」という時代は終わりにし、日本の障がい者雇用まで変えていくというコミットメントを感じました。
「私が見てきたニューロダイバーシティ雇用の最前線」はいかがでしたでしょうか。
もちろん、IT分野以外でもニューロダイバースな人の活躍機会はあります。別のコラムでは、IT以外の分野での事例も伝えていきたいと思います。